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江田島 旧海軍兵学校(2)

幹部候補生学校。現役です。
明治26(1893)年に建設された建築。

とても百年以上経過しているとは思えない佇まい。

大事に使われてきたんですね。
あ、学生さんが写っているのに今気がつきました(笑)。

授業中ということで、館内は見学出来ません。
でもちょっと入口から望遠、の1ショット。
 

大正・明治の建造物群が、今でも現役で大切に利用されてます。

 

こちらは修復工事中の教育参考館。
現在は一部の資料を、別の施設で公開しています。

 

こちらは人間魚雷の「回天」。零戦の特攻隊と同じくです。

海軍にも、悲しい戦争の犠牲が沢山あります。

 

広いグラウンド。国防の精神を鍛えて下さい。

丸ポストにちょっとホッとしました。

こういう時に限って、国旗がはためいてくれないんだなぁ。

 

見学終了。フェリー乗り場に戻って来ました。

この度最後の、のどかな風景、のどかな空気を堪能。
 

広島経由で帰京しました。
 
 
ありがとうございました。
次回からは・・・蔵出し北陸編w、ということで。

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2008/09/14 22:14 | 広島県COMMENT(26)TRACKBACK(0)  TOP

江田島 旧海軍兵学校(1)

前回広島に行った時に「今度は行かなければ」と思っていたのが江田島。
旧海軍兵学校となっていますが、海上自衛隊の第1術科学校の敷地内にあります。
一日3~4回、予約なしで見学ができます。
入口で手続きをして、一歩中へ。
航空祭以外に基地に入るのは初めてなので、ちょっと緊張気味です。
いきなり目に飛び込んできたのは、可愛らしいペイントの昭和の香り建築。
 

売店。ポプラのコンビニもしっかりありました。

朝はこのスピーカーから、ラッパ音がしそうな気配。

 

これまた豪華な~。中はどうなってるのかなぁ。興味津々ですが入れません。
 

こちらのセンターで見学時間まで待機。

 

海軍さんの置き忘れ?帽。ピッカピカ。
 
いよいよ見学です。

大講堂。
現在でも兵学校の入校式や卒業式で使用されているそうです。

大正6(1917)年に建設。御影石が使われています。

こちらは、中も見学させてもらえました。

中の木製ドアは、真鍮の棒が降りる形でカギが閉まる仕組み。
ん~、レトロ~。

天井もシンプルですが高級感あります。

講堂のアーチ天井。


 


 

檀上へのレッドカーペットのマークは、第1術科学校のものかな?

2008/09/13 15:12 | 広島県COMMENT(15)TRACKBACK(0)  TOP

大和ミュージアム

大和ミュージアムの入り口に向かうと、大きな舵が。
戦艦「陸奥」の主舵でした。

錨も、陸奥のもの。
 
 
大和ミュージアムの中に入って
まず目に飛び込んできたのが、1/10戦艦大和の模型です。
 
戦艦大和は1937年11月4日、広島県呉市で起工され、1940年8月8日に進水。
速度の増加、観測用の望遠鏡の巨大化など、
当時の最新技術が多数使用されていました。

原寸の1/10ですが、それでもすごい迫力。
超逆光なのが残念・・・。

船尾はこんな感じ。

1945年4月7日、鹿児島県坊ノ岬沖。
出撃した戦艦大和と護衛の9隻の艦からなる水上特攻部隊と
アメリカ海軍の空母艦載機との戦闘によって
戦艦大和を含む6隻が撃沈され、戦死者は2740名にのぼりました。
部隊の平均年齢は27歳といわれています。

現在も戦艦大和は、長崎県男女群島女島沖、水深345mの地点に沈没しています。

 

呉海軍工廠の作業イメージ。
高炉かな?


 

特殊潜航艇の「海龍」。

潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦です。


零式艦上戦闘機62型。


 

大和ミュージアムに展示されていた、隊員の遺品や遺書を思い出すと
今でも胸が痛みます。

さまざまな戦火の上に、現在の日本があるという事。忘れたくないと思います。
 

 
さて、一変して・・・
大和ミュージアムの順路最後の地点には・・・

何故 宇宙戦艦ヤマト???

ひっくり返りそうになりましたが、これもまあ御愛嬌ということかしら。

 

次回は江田島をご紹介します。

2008/09/12 22:32 | 広島県COMMENT(21)TRACKBACK(0)  TOP

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